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大聖堂の歴史

昭和20年(1945年)の東京大空襲によって焼失するまで、東京大司教座聖堂は木造ゴチック式の聖堂でした。明治32年(1899年)に聖母仏語学校の学生によって『まい瑰塾』付属聖堂として建てられ、明治33年(1900年)に関口小教会の聖堂となり、やがて大正9年(1920年)に東京大司教座聖堂となりました。建設当初は信者席には畳が敷かれておりましたが、昭和になって中央信者席に椅子が設けられるようになりました。当時は履物を脱いでから聖堂に入ることになっていました。

 

東京カテドラル関口教会明治44年(1911年)にはルルドの洞窟が仏宣教師ドマンジエル神父により建てられました。第2次世界大戦で全焼したものの、ドイツのケルン教区の支援によって大司教座聖堂の再建設が決定しました。丹下健三氏の設計により、昭和35年(1960年)に起工、昭和39年(1964年)12月8日落成、献堂式を挙行。8面の双曲抛物面(そうきょくほうぶつめん)をほぼ垂直に建て掛けた構造は、一大十字架形をかたどっています。ユニークな教会建築として世界的に知られ、外国からの見学者も多く見られます。高さ 39.4メートル。鉄筋コンクリート造。