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[コラム]一粒の麦

山本神父「一粒の麦」という麦焼酎をいただいたことがある。「一粒の麦…」という小説のあることも知ってはいる。おそらく、インターネットで検索すれば、「一粒の麦」という名前の団体やレストランや、さまざまなものが次から次へと見つかるのだろう。

でも「一粒の麦」のもとは聖書にある。もちろん、キリストの言葉である。

 「一粒の麦は、落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」 (ヨハネによる福音書12章24節)。

 聖書にあるキリストの言葉の中でも、もっとも有名なものの一つであることは間違いない。それが証拠に、手元にある一般の辞書にも、「一粒の麦は地に落ちることによって無数の実を結ぶと説いたキリストの言葉から、人を幸福にするためにみずからを犠牲にする人、またはその行為を指す」という丁寧な説明が載っている。

 今はそれ以上くわしい説明をするつもりはない。どうしても言いたいのは、一粒の麦とは何よりイエス・キリストご自身であるということ、そしてキリストは一粒の麦として十字架の上で死に、その結果、多くの実を結んでいるということ、さらにもっと多くの実を必ず結ぶであろうということである。そのことを一年の最大の祝日として祝う復活祭がもうそこまで近づいている。

山本量太郎神父