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[コラム]たとえばなし

シスター品川教会では今日は「神の国のたとえばなし」として「人が土に種をまく」ことと、「からしだねのたとえ」が読まれます。分かりやすいはなしです。
先日、ある宣教司祭とゆっくりお話しする機会がありました。次々と仲間の司祭がたが天国へと旅立っていくので、自分もそんなに遠い先ではないでしょう。ある日神さまが「はい、ここまで」と言われ、その時に自分の旅が終わりますと、実に淡々と、ユーモアいっぱいに笑いながらたくさんの経験も分かち合ってくださいました。長い宣教師としての生活経験から、醸し出される話には重みと真実味があり、実に豊かな時間でした。その話の中で、「イエスがたとえばなしをされたこと、たとえばなし無しには何も話されなかったことが今になって、よく分かります」と言われたことが心に残りました。

聖書の中で、見落としがちな「聞く力に応じて」と「たとえばなしなくしては何も語られなかった」という言葉は、大切な言葉だと思います。

イエスの思いが伝わらないとか、直接宣教の伸び悩みに対し、難しすぎる話を相手かまわずにしているのではないか、と思う時があります。イエスは難しい抽象論ではなく、「たとえばなし」によって、人が体験していること、感じていることを「聞く人の力に応じて」されたということを大切にしたいものだと、自分に言い聞かせています。

Sr.品川 ヨシ子