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[コラム]足についたこの世のほこり

三田助祭

[マルコ 10:35-45]

イエスは「わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば望むものを何でもねがいなさい。そうすればかなえられる」とおっしゃいました。ヤコブとヨハネは、イエスが栄光を受けるとき、兄弟そろってイエスの右と左の座につきたいと願います。この願いは弟子たちの間に大きな分裂を誘います。ヤコブ、ヨハネ、ペトロの3人組はイエスに優遇されていました。イエスが変容されたとき、イエスがヤイロの娘を生き返らせたとき、イエスがゲッセマネで祈られたとき、12人の弟子たちの中でこの3人組だけがイエスのお供として選ばれました。今回はヤコブとヨハネに差し置かれたペトロの気持ちはどうだったでしょうか。「望むのは何でもかなえられる」条件である「わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば」が満たされていないのは明らかです。

イエスはヤコブとヨハネを他の弟子たちの前で叱りつけることも出来ました。でもイエスは優しく「偉くなりたい者は皆に仕える者になりなさい」と教えられます。

この言葉はわたしの心を突き刺します。わたしは40年以上この世の生き方をして、上に上がるために人を引き落としてきた人間です。そんな者が助祭になりました。わたしは「愛の奉仕者」にふさわしく生きているだろうか。足のほこりを落す努力をしました。祈りました。でも長年のかかって付いたほこりはなかなか落ちません。

 

三田一郎 助祭