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主よ、あわれみたまえ

山本神父[年間第30主日]

ミサの始めのほうで会衆一同は「あわれみの賛歌」を歌う。「主よ、あわれみたまえ」という歌詞で始まる賛歌である。「あわれみたまえ」と願う歌詞なのだが、それを賛歌として歌うというところにポイントがあると思う。「あわれみたまえ」と心から願うとき、必ずその願いに耳を傾けてくださるキリストをたたえて歌う賛歌なのである。

本日の福音(マルコ10章)で、キリストは、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」という盲人の物乞いの心からの願いを聞き、見えるようにしてくださった。重い皮膚病を患っている10人の人の「イエスさま、先生、わたしたちを憐れんでください」という願いもかなえてくださった(ルカ17章)。

カトリック教会には、射祷という祈りがある。「神という的に向かって放たれた矢のような短い祈り」と定義されているが、私にとって「主よ、あわれみたまえ」こそ、最高の射祷である。時々「キリエ・エレイソン」と、かつてラテン語ミサ時代に唱えられた言葉をそのまま用いている。もっとも、この語はラテン語ではなく、もともとはギリシア語であり、キリストのお言葉のほとんどがこのギリシア語に翻訳されて新約聖書に保存されているというところにも意味深さを感じている。

山本量太郎神父