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[コラム]言いつけに背いたことは一度もありません

シスター品川ルカ福音書の中に出てくる放蕩息子のたとえばなしの兄の言い分です。父親に向かって、こんなにはっきりと自分の正しさを主張することのできる人は、滅多にいないと思います。
わたしの場合、自分の考えと違う時には両親に反抗したり、生返事をして後で自分のやりたいようにしたりと、度々両親を悲しませました。今から思いだすと、自分の未熟さを恥ずかしく思います。
明らかにわたしは、有名な「放蕩息子のたとえばなし」の弟、つまり放蕩息子を生きて来ました。

人生にはたくさんの山あり、谷ありで、思いがけない経験や出会いが待ち伏せしています。計画通りに行くことは稀と言っていい位でしょう。

神さま(このたとえばなしでは父親)のお望みに反することなく、まっすぐに生きていくことは殆ど無理なことです。それは父親も良く分かっていることだと思います。だから、父親は末息子の無鉄砲な願いを聞いてやったのでしょう。もしかして、父親には、この息子が悲惨な姿で帰ってくることもお見通しだったかもしれません。
“かわいい子には旅をさせ”ということわざがあります。放蕩の限りを尽くし、財産を無駄遣いし、何もかも使い果たした時に父親を思い出すことができたのは、幸せでした。何よりも、ボロボロになった自分をずっと待っていた父親を見出せたことは、失った財産には代えられない尊いものでした。
父親のそばにいつも居ながら、父親の心が分からなかった兄には、どうやったら父の心が分かるのでしょう?父の傍にいて、父と対話をしていたら、苦労も失敗も、すべて意味があることだ分かったでしょう。兄は、言いつけを守ること、背かないことに専念して、父親の心を味わうことはなかったのでしょうか。
残念な日々を送ったものです。このたとえ話は、多くのことを教えてくれます。

Sr.品川ヨシ子