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[コラム] 共にいるとき共にいてくださる

山本神父

(復活節第3主日)

復活の主はまずマグダラのマリアにお現れになった、とルカ以外の三つの福音書は告げているが、これは例外的なケースであって、ほとんどの場合、キリストは、弟子たちが集まって共にいるとき、ご自身をお現しになっている。ヨハネの福音書によれば、最初の時は10人だったと思われる。その八日後の二度目は、前回いなかったトマスも同席していたので11人だったであろう。そして三度目、復活節第3主日の福音の場面であるが、ガリラヤ湖畔に七人の弟子が共にいるとき、復活の主はまた共にいてくださり、食事を共にされたのである。

4それは聖書の時代だけではない。今も私たちの中で実現していることなのである。マタイの福音書はそのことをキリストご自身のお言葉をもってはっきりと伝えてくれている。「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(マタイ18・20)。「主は皆さんとともに」「また司祭とともに」と呼びかけあうミサの真ん中に今日もキリストは立っていてくださるのである。

山本量太郎神父