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[コラム]「人間の自由」と「決められた道」

シスター品川ある偉い哲学者は“人間は考える葦である”と言ったそうです。わたしたちは常に根源的な根本命題を思いめぐらしているわけではないにしても、何かを考えています。

人間は生まれた時から人生の終着点に向かって「決められた道」を歩いています。このことはだれもが認めることです。誰によって「決められた道」かというと、わたしという人間を創り、この世界に送り出された神と、わたし自身の合意によって「決められた道」だと思います。その道は、神に向かっていますが、その道程は一人一人違います。

「あなたはこの道を歩かなければならない」と言われ、盲目的に目的地に向かって歩くということも出来たでしょうが、神は人間が神の望みを選び受け入れるということを望まれたのです。神の望みを自分の望みとし、それを受け入れ生きるということは、大変なことです。他の何ものにも勝って神を愛していなければ、それは不可能なことです。

「決められた道」は、わたしの同意なしに敷かれたレールの道ではなく、わたしの深い同意があってこそ歩める道なのです。そのためには、人間の持つ自由の意味と、人間の完成・終着が何かを考える必要があるように思います。

Sr.品川ヨシ子