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[コラム]水を飲ませてください

シスター品川「水」は生きていくために絶対必要な物です。「空気」の次に大切な物でしょう。それは誰でも認めます。特に災害を想定する時など、準備を怠れないものの一つです。今日の聖書は、その水が話しのきっかけです。見える水から見えない神の霊へと話は展開していきます。

暑い昼下がり。埃まみれになって歩き疲れたイエスが井戸端に腰をかけている姿を想像してみてください。その井戸には、水を汲む釣る瓶も柄杓もない井戸です。そこへ水を汲みに来た女性にイエスは声をかけられます。「水を飲ませてください」と。

この話の展開を丁寧に見ていくと、不思議なことに、女性はこの求めに応じて、イエスに水を差し上げたとはどこにも書いてありません。水を汲む前の長々とした対話の中で、自分の過去を知っているという事実から、彼女はこの人がキリストと呼ばれるメシアであるかも知れないと分かると、慌てて水がめをそこに置いたまま、町へ行き人々に事の次第を話します。

人々は、最初はこの女性の話したことによってイエスを信じました。しかし、さらに多くの人々は「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです」と言うのです。
この女性は傷ついたかも知れません。でもこれでいいのです。人々が自分で聞いて信じることは大切です。イエスによって引き出され、人々に話された古い彼女の過去の傷は、人々がイエスを信じるきっかけになったのです。古い傷は、イエスによって輝く時に、命の水を泉のように湧き出し続け、人を新しくするのです。

彼女は自分の内に湧く命の水・神の霊を信じたと思います。彼女の中に永遠のいのちに湧き出る泉が湧き上がる喜びを味わったことでしょう。町の人々をイエスに出会わせ、この泉の体験を深め続けたでしょう。
イエスのサマリアの女の人との会話には、まだたくさん宝が隠されているような気がします。

Sr.品川ヨシ子