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[コラム]イエスは涙を流された

山本神父イエスは、神の子としての特別な力を自分のために一度たりとて使ったことがない。荒れ野の誘惑のとき、自分の飢えを満たすためには石ころ一個さえパンに変えなかった。十字架上で「今すぐ降りるがいい」と言われたときも、神の子としての特別な力は最後まで使わなかった。こうして、すべての人の救いがもたらされた。

イエスは泣かれた、涙を流された、と福音書には2箇所、そう書かれている。

「イエスはエルサレムに近づき、都が見えたとき、その都のために泣いた」(ルカ19・41)。

「イエスは涙を流された。ユダヤ人たちは、『ごらんなさい。どんなにラザロを愛しておられたことか』と言った」(ヨハネ11・35-36)。

イエスは一度も自分のために泣いてはいない。どんなに辛いとき、苦しいときも、泣いたという記事はない。しかしイエスは、愛する都イスラエルの滅亡する日を思って泣き、愛する友ラザロの死を悲しんで涙したのだ。

すべての人の救いを願うイエスの愛は涙となってあふれた。その同じ愛が今日の私たちにも届いている。

山本量太郎神父