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[コラム]わたしを見た者は、父を見たのだ

山本神父復活節第5主日
人間には、見えないものは見えません。いくら感謝の心があっても、感謝の心自体は見えません。何か目に見えるものを差し出して初めて、見えない心は相手に伝わります。

見えないものを見えるものとしてあらわすのが「しるし」ですが、それはいつも「ほんのしるし」です。見えない感謝の心のほうがずっと大きいからこそ、「ほんのしるしですが…」といってお礼の品を相手に渡すのではないでしょうか。

人間には、見える「しるし」がなければ、見えない神の心は届きません。そのことを何よりよくご存じの神は、人間に見える仕方でご自身をあらわしてくださいました。

「わたしを見た者は、父を見たのだ」(ヨハネ14・9)と、イエスは弟子たちに断言なさいました。実に、偉大な神はイエスという一人の人間のうちに、あえて言うならば「ほんのしるし」のうちに、見えない神のすべてを余すところなくあらわされたのです。これこそ「神のわざ、人の目には不思議なこと」(詩編118)というほかありません。

山本量太郎神父