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[コラム]喜びなさい

シスター品川誰かに「喜びなさい」と言われたから喜ぶ、というのは変だと思いませんか?
パウロのコリントの教会への手紙(Ⅱコリント13.11)の言葉は次のように続いています。
「喜びなさい。完全なものになりなさい。励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。」
神のみ前で祈り、自分の自由意思で決断し、それを遂行していこうとしている人が出会う艱難を乗り越えられるように励ますこと、その人と思いを一つにして、前進すること、ある時には共にとどまること。それがどれほど大きな支えとなり、何倍もの力を生み出し、大きな喜びの輪を作る驚きを体験します。この喜びは、苦い体験を経た後に味わえるように思います。この難しい時代に励まし合うことは、殊のほか大切な関わり方だと思います。

聖書の言葉を分かりやすくするために、誰もが気になっている「召命」に絞って考えてみます。召命の減少は誰の目にも明らかになってきました。さまざまな要因が考えられます。いつの頃からか、人と人との絆がしっかりと結びにくい、人の関わりを煩わしく感じる人が増えてきたように思います。都市化のためでしょうか。若者が神の呼びかけに応えようとする時、それを温かく見守り、励ますこと、主イエスから同じ心で派遣を生きていこうとしているという思い持つことさえも希薄になってきたのではないかと感じます。そこには、年長者の心の中に、時代を飛び越えられない遠慮があるように思います。「あなた」は「あなた」、「わたし」は「わたし」、を生きていて、どうして一つの心、思いを一つにすることが出来るでしょう。
一人一人が大切にされ、全体善よりも個人善が優先される現代社会の流れの中で、神の呼びかけに命を賭けて応えるという召命を育てることは、本当に難しいことです。

本気で「聖霊来てください」と祈らなければならないと思います。人の思いをはるかに超えた方が、この困難な時代を導き、「喜び」を深く味わわせてくださるように祈ります

Sr.品川ヨシ子