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[コラム]種蒔きのたとえ話・続き

山本神父先週から、種蒔きの話が続いています。

イエスはまず群衆にたとえ話を語ります。そしてそのあと、弟子たちだけに説明を加えます。聖書にはもちろん、たとえ話とその説明の両方が載っていますので、私たちは両方とも知っています。

それでは、説明を聞かなかった群衆には、たとえ話そのものはどのように伝わったのだろうか、ある時そう考えました。イエスご自身の説明が添えられているのに不遜かもしれないと思いましたが、結果として、それは私にとってたとえ話自体の素晴らしさに気づくことができる機会となりました。

まず先週の部分から。種は素晴らしいものです。見かけはちっぽけなものですが、豊かな可能性を秘めた素晴らしいものです。その素晴らしい種は至る所に蒔かれています。蒔かれていない所はないのです。そして、既にもう蒔かれているのです。

そして今週の福音では。どうやら、毒麦の種を蒔いた人もいるようです。育っていくに従って、麦に混じって毒麦も現れたからです。しかし、あせって毒麦を抜くことはならない、と言われます。素晴らしい種は必ず育ち、よい麦の収穫が必ずあるのです。

希望に満ちたたとえ話ではありませんか。

山本量太郎神父