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[コラム]母親の祈り

シスター品川

これ以外には助かる方法は無い。と、この母親は考えたに違いないのです。

カナンの女性、その人は小さな女の子の母親です。今日の福音には、イエスが彼女の町に来られていると聞き、激しく叫びながら、イエスに娘の病気回復を願う姿が描かれています。小さな娘は病気にひどく苦しんでいます。娘の病気もさることながら、母親自身の言葉が表現している母性に心動かされます。

 

それを拾ってみると、最初の言葉は、「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんで下さい。娘が悪霊にひどく苦しめられています。」と叫んだ、とあります。この母親がどんなに娘を愛しているかが伝わってきます。

次に、弟子たちがイエスに「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」とイエスに言うと、イエスは、母親にやんわりとその願いを断られます。つまり、治してあげない、という意味です。これに対し、女はイエスの前にひれ伏し、「主よ、どうかお助け下さい」と嘆願します。

イエスが、「こども達(ユダヤ人)のパンを取って子犬(カナン人)にやってはいけない」と言われると、女は「主よ、ごもっともです。しかし、子犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」と食い下がります。

 

結局イエスはこの婦人の信仰に驚き、褒め、彼女の願いどおりに、娘の病気を癒されました。母親にとって、小さな娘の苦しみは、彼女自身の苦しみです。神の憐れみによってのみ癒される病気、自分は回復を願うにはふさわしくないが、恵みのお零れにでも与れば、娘は治ると確信しています。母親が小さな娘の苦しみを自分の苦しみとして訴え、嘆願する。この切々とした激しい祈りが神を動かしたのです。母性愛、これほど濃厚な愛は神を動かします。「神は愛です」とのみ言葉は、人種や国境を超えることを改めて確認させられます。

 

 

Sr.品川ヨシ子