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[コラム]あなたを思う熱意がわたしを食い尽くす

シスター品川

怒涛のような激しい血潮が体の中を駆け巡りそうな言葉です。これが熱っぽく歌われると、身も心も滅ぼすほどに自分を使い果たしても悔いることのない男女の愛も感じます。

今日の聖書の中で弟子たちがイエスさまに感じたもので、旧約聖書の詩編にある言葉です。 

イエスさまは30代。父なる神の住まいである神殿から商人を追い出す激しさを現わされます。今のわたしがこのような乱暴を働く青年に出会ったら、わたしは果たして彼に拍手を送れるか、疑問です。わたしの中には「常識」という日常世界の基準が大手を振ってまかり通っています。イエスさまの価値観やなされ方に馴染まないものがあります。もっとやんわりやってもらいたい、そんなに派手に大騒動を起こして欲しくない、と言いたくなります。 

わたしがまだ信仰に入って間の無い頃には、「神を思う熱意がわたしを食い尽くす」という言葉がどういうことを言っているのか知りませんでした。その頃は、単純に神から受ける喜びをあふれるほどに感じていたものです。自分がどれほどの時間やエネルギーを使って神さまを愛しているか、などということは考えることはなかったように思います。損も得もない、そんな事とは関係ない、突き抜けた青空のような喜びだけの世界を過ごしていました。思い返すと、その頃には少々乱暴に見える神殿から商人を追い出すイエスさまに魅力を感じていました。 

何十年か経った今、静かに振舞う常識的なイエスさまの方が安心できるのです。それでも、「神を思う熱意」がわたしの人生の何もかもを支配していることに気づきます。これは恵みです。しかしまだ、商人を追い出すことも、自分の商品を運び出すことさえも十分に出来ていないことに驚きます。人生は長い自分との戦いであること、最も手ごわいのは自分自身だと知っています。

Sr.品川ヨシ子