HOME > お知らせ > コラム > [コラム]新しい掟

[コラム]新しい掟

山本神父

イエス・キリストが「これは私の掟である」と言って弟子たちに残した掟は、「新しい掟」一つだけです。キリストは地上の道のりの終わりが来たことを知り、最後の晩餐の席上でその「新しい掟」を弟子たちにお授けになった、とヨハネ福音書は伝えています(ヨハネ13章参照)。

それはもちろん兄弟愛の掟ですが、実は、「互いに愛し合いなさい」だけでは「新しい掟」にはなりません。あくまでも「私が愛したように互いに愛し合いなさい」なのです。「私が愛したように」というところに力点があるのです。

それでは、キリストはどのように人を愛されたのでしょうか。どのように人とかかわられたのでしょうか。それまでずっとキリストにつき従ってきた弟子たちには、それがわかったはずです。だからこそ、キリストは最後の食事のときになって初めて、「私が愛したように」とおっしゃったにちがいありません。

ミサの時には必ず福音書が朗読されます。逆に言えば、福音朗読のないミサは決してありません。その福音朗読において私たちはイエス・キリストの生涯の一コマに耳を傾け、キリストがどのように愛されたかを思い、自らの生き方を見つめ直すのです。「キリストのように考え」という典礼聖歌は、その福音を聞く心構えをよく表しているのではないでしょうか。「キリストのように考え、キリストのように話し、キリストのように行い、キリストのように愛そう。力のかぎり」(典礼聖歌390)。

 

山本量太郎神父