HOME > お知らせ > コラム > [コラム]聖なるものと汚れたもの

[コラム]聖なるものと汚れたもの

シスター品川

今日の聖書は“食事の前に手を洗う”という当たり前のことが話題になっているのではありません。自分は神に選ばれた特別な者であって、汚れた人や物に触れたら汚れると思い込んでいる人を対象に話されます。

わたしたちの今日の日常生活は、いわゆる聖なるものと汚れたものとの区分けの出来ない、グレイゾーンを行ったり来たりしなければ生活が営めないということを、誰でも知っています。 

神が造られたこの世界のものはすべて良いものです。これは大前提です。天地創造の時、「神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である」(創世記1.31)とあります。また、使徒言行録には、ペトロがイエスから「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない」(10.15)と注意を受ける場面があります。極端に言えば、目に見える造られたすべてのものは、聖なるもの、汚れのないものなのです。 

問題は、わたしたち人間の心の中から出てくるものです。
「わたしの言うことを聞いて悟りなさい」と、イエスは次のようにはっきり言われます。「人間の心の中から出てくるものが、人を汚すのである。」「中から、つまり人間の心から、悪い思いが出てくる」(マルコ7.20-21)と。「汚れたもの」だと見る、感じる、こだわる自分の心の中に問題があると言われているのです。

 

Sr.品川ヨシ子