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[コラム]悪魔の誘惑

シスター品川

甘い、トローンとなりそうな、艶めかしく妖しい空気が漂う、今日、こんな誘惑に悩まされる人は大勢いるでしょう。他方、名誉を重んじ、そのために人生を送る人もいます。権力欲、権力闘争は男性だけの世界につきものと思われていましたが、女性の社会進出、男女機会均等によって女性の中に埋もれていた能力が引き出されると同時に、力を帯びる快感という誘惑に嵌ってしまうことにもなりました。現代社会を一言で表現するならば、獲物を前にした猛獣が涎を出し、本能を剥き出しにしている姿が連想されます。生きるがためには、これも善し、とするのでしょうか。

今日の聖書の三つの誘惑は、この世界を生きていくために、誰でも通らなければならないこの世の霊的な戦いを示唆しています。 イエスが荒れ野で体験された誘惑は、ゆっくり静かに、ずっと深いところに降りていくと、人間の根底に巣食っている欲の塊のようなものに動かされ続けていくか、神からくる呼びかけに応えつづけるか、「あなたはどうするのか」と問われていることに気付きます。

イエスはきっぱりと自分の生きる姿勢を打ち出します。

 

「人はパンだけで生きるものではない」

「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」

「あなたの神である主を試してはならない」

 

聖書には次のように書かれています。

「荒れ野の中を“霊”によって引き回され、40日間、悪魔から誘惑を受けられた」 (ルカ4.2)

イエスは聖霊に導かれ、荒れ野で悪魔から誘惑を受けられました。人間がより人間らしくなっていくためには、霊に導かれ、悪の誘惑を乗り越えていく必要があることを意味していると思います。

 

Sr.品川ヨシ子