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[コラム]さあ、来て、朝の食事をしなさい

シスター品川

今日のヨハネ福音からは、弟子を励まし養う、いきいきとした復活のイエスの声が聞こえて来ます。

一晩中漁をするということは、相当な体力の要る仕事です。夜が明けたころに岸辺に戻ってきた弟子のペトロたちは、不漁のためにがっくりしていました。疲れと失望でそこにイエスが立っていることさえ分からなかったのです。誰にでも呆然自失という体験がありますが、そんな時には、何も見えなくなることがあります。きっと、そんな状態だったのです。

イエスの第一声は「子たちよ、何か食べる物があるか」です。一晩中働き、疲れている弟子たちへの食べ物の心遣いを感じます。弟子たちはぶっきらぼうに「ありません」と答えます。イエスは「船の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ」と言って、彼らが漁に出た目的を満たそうとされます。そのことばどおりにすると、網が破れる程の魚がとれました。弟子たちは三年前に同じ体験をしたことを、きっとこの時に思い出したはずです。イエスは、疲労困憊、がっかりしている者にいつも新たな道を開き、信仰の目を開いてくださいます。

弟子たちが陸に上がると、そこには炭火が起こされ、魚が焼かれ、パンもあった、と書かれています。イエスは弟子たちの労をねぎらいます。「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と。

まるで母親のように温かく、また、父親のように弟子たちの働きを支えるイエスが見えます。弟子たちは、具体的な働きと生活の場で復活のイエスに出会い、信仰が養われていきました。

わたしたちも、同じように「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と、日ごとの糧に養われていることをしっかり心に留めましょう。

 

Sr.品川ヨシ子