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[コラム]エルサレムに向かうイエス

シスター品川

エルサレム、それはイエスが十字架上で死を遂げられた都です。その「エルサレムに向かう決意を固められた」と、聖書は書いています。この決意を固められるイエスの心の動きを想像してみますと、ご自分が果たさなければならない目的のためには、妥協を許さない凛とした不動の柱が真ん中にあるのに気づきます。そして、その他のことは何でもいい、と言える柔軟性というか、寛大な受容を感じさせるものが周りを取り巻いています。この二つが今日の福音のイエスの言葉と行動に表れてきます。

まず、弟子たちはイエスのために旅の準備に出かけますが、村人たちはイエスを歓迎しなかった、とあります。気性の激しい弟子たちは、この村を滅ぼしましょうかと言いますが、イエスは弟子たちを戒め、別の村に向かわれます。受け入れられないときに、頑固に自分の主張を押し通すことなく、遠い目的達成のために、ここは回避する、というしなやかな心が見えます。

驚くことは、イエスについて行きたいと願う人が誰でもついて行けるのではない、ということです。いろいろ事情があって、それは当然だと思いますが、やんわりと断られている人もいます。反対に、どう考えても今は無理、という状況であっても、神が呼ばれるのなら「その時」なのです。神はわたしたちの自由な答えを望まれます。神に答える時を逃さないようにしたいものです。そして、いったん神の呼びかけに答えて歩み始めたら、まっすぐ前を向いて歩き続けることです。「鋤に手をかけて後ろを振り返るのは、ふさわしくない」と言われる言葉は、厳しく聞こえます。長い人生ですから、途中でいろいろなことがあるはずです。イエスはそのことをよくご存じです。わたしたちにできることは、エルサレムに向かうイエスが一緒に歩いてくださっていることを信じて、ただひたすら歩き続けることなのです。

 

Sr.品川ヨシ子