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[コラム]混ぜられて、焼かれて、膨れて、そしておいしいクッキーになる

古郡神父

先日まで、黙想のために北海道の当別トラピスト修道院に行っていました。おおよそ20名くらいの修道士さんたちとともに祈りのときを過ごしてきたわけですが、修道士さんたちの、修道院の中から出ずに神様と交わりながら、神様のために働き、祈り、一生を過ごすという生き方は、まさに、見える形で父、母、妻、子ども、兄弟、姉妹、何よりも神様を優先させて生きるという生き方であるといえるでしょう。

修道院の中は、天国のようなところ、理想郷で、そこに入れば無条件で素晴らしい生き方ができるということではないはずです。やはり修道院の中にも、生活があって、修道院には修道院の社会があるわけです。人と人が交わる中で、わたしたちと変わらずに、困難さを伴うことが必ずあるはずです。

トラピスト修道院では、とてもおいしいクッキーがつくられています。クッキーは、バターとミルクと小麦粉が混ぜられて、焼かれて、膨れて、形が落ち着いて出来上がっていきます。修道院での生活も、自分でこの人とこの人というように選んだのではない人が、神様の計らいの中で、思いがけず一緒に混ぜられて、生活することになります。あるときにはぶつかって、悩んで、どうしてっていう思いが膨らんで。それでも神様の計らいに信頼し、最愛の御子が十字架にかかる、わたしたちに対する神様の愛に希望を置いて、神様の望みは何かと祈る中で、その人は成熟した人、本物の愛の修道士になっていくのです。

わたしたちは修道士ではありません。でもやっぱり神様の愛に信頼して、この日常を生きる中で、神様の愛に気づきながら本物の愛の人になっていくことができます。わたしも、神様が与えてくださった関口教会での任を、神様に信頼しながら日々生きることで、少しずつ本物になりたいと思っているのです。

 

古郡忠夫 神父