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[コラム]本当の信仰から本当の喜びが生まれる

古郡神父弟子たちが「信仰を増し加えてください」って言ったあと、イエス様は「からし種一粒ほどの信仰があれば、桑の木に抜け出して海に根を下ろせと言ってもその通りになる」とおっしゃいました。からし種というのは、本当に小さい砂場の砂つぶくらいの大きさのものです。ほんのちょっとでも信仰があれば、神様が働いてくださって、不可能と思えることも可能になる、でもあなたたちには、ほんのちょっともあるべき信仰がないんじゃない、今日そのように、イエス様はわたしたちに問いかけます。イエス様がわたしたちに持っているかと問いかけている信仰と、わたしたちが持っていると思っている信仰は、もしかしたら違うのかもしれません。

わたしたちは自分の利益になるものが信仰だと思い込んでいるのかもしれません。信じるということによって、ご利益がある、そのような考え方がわたしたちには染み込んでしまっているのかもしれません。でも、今日イエス様は、それは本当の信仰ではないって、わたしたちに教えてくださいました。例えば、信じることによって、神様がわたしのことを気に入ってくださって、言うことを聞いてくださるっていう誘惑、わたしたちの中にないでしょうか。信じれば、神様が言うことを聞いてくださるのであれば、神様が子分になり、神様を支配することになってしまいます。でもイエス様が教えてくださる信仰は、やはりそうではありません。自分の思い通りにならないところに、でも神様の大いなる働きがあって、わたしたちは神様が与えてくださる救いの喜びを、思ってもいない喜びを生きていくのです。

先日、プロ野球の日本ハムファイターズの優勝を西武ドームに観に行ってきました。たくさんのファンが涙を流していました。ファイターズは、今シーズンの最初に出遅れて、優勝は絶望的と思われる中で、それでも選手たちが懸命に頑張って、優勝を掴んだのでした。ファンは、絶望的な状況の中で、選手を、チームをそれでも信じて、応援を続ける中で、大きな喜びを受け取ったのです。チームが期待通りに勝利を続け、独走して優勝したのだとしたら、ここまで大きな感動はなかったでしょう。多くの場合、思い通りには決してならない人生です。しかし、それでも神様の大いなる働きを信じて、神様の中に飛び込んでいくときに、神様が思ってもいない大きな喜びを与えてくださいます。嬉しいことがあれば信じ、悲しいことがあれば不信に陥る、一喜一憂しがちなわたしたち。少しでも本当の信仰に変わっていけますように。

 

古郡忠夫 神父