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[コラム]新たな一年 −主がともにいるということに目覚めて−

古郡神父

[待降節第1主日]

カトリック教会のカレンダーは、普通のわたしたちが親しんでいる1月1日に始まって、12月31日に終わるカレンダーとは違っていて、クリスマスの4週前の日曜日、この待降節第1主日から新しい一年を始めます。神様が与えてくださる新しいとき、また新たな気持ちでこのときを過ごしたいと思います。

新たな年を始めるにあたって、昨年一年間を振り返ってみますと、思いがけないことの連続でありました。昨年の今頃には、まだ教区長である東京教区岡田大司教から、来春の任地の命、つまり春から関口教会で働くという命も受けてはいませんでした。前任の教会で12月25日のクリスマスも終わって、お正月を迎えようかというそのときに、来春から関口教会で働いてくださいと言われたのです。たくさんの思いがけなさの中で過ごしてきた一年でありましたが、それらの日々を祈りのうちに見つめてみますと、神様がわたしを愛し、わたしを励まし、そしてわたしをいかし使おうとされていた、そんな日々であったと感じています。思いがけない出来事の中に有難い出会いや再会があって、単純に嬉しい出来事だけでなく、苦しい出来事を通しても、わたしは神様のものとなっている、神様のものに一日一日変えられていると感じるからです。苦しい出来事があります。でもその苦しい出来事を通して、自分によい気づきがもたらされ、そしてその苦しみを通して、苦しみを生きる誰かと繋がっていく、そんな日々を神様は与えてくださっています。 

わたしたちはまた新たに目覚めていたいのです。思いがけなさの中に神様がともにいて、思ってもいない恵みをくださることを。今年もまた神様がわたしを、わたしの知らないところ、しかし素晴らしいところに連れて行ってくださいます。 

古郡忠夫 神父