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[コラム]世の光

シスター品川

当然のことですが、何かをする時には「何のために」、「誰のために」これこれのことをする、と考えて行います。しかし、ある時にはそれはほとんど当たり前で、昔からあったという情景に出会うことがあります。そんな時、それを目にする者に、この当たり前の光景は温かい人間らしい味わいを与えてくれます。この人間らしい温かさは「光」がもたらしてくれるものだと思います。

 ある時、父親がゆっくり歩きながら子どもと話している光景を目にする機会がありました。何か温かい気持ちになったのを思い出します。子どもの歩幅は小さくゆっくりしたものですし、子どもの話す内容もゆったりした心でしか付き合えないものがあります。そこにいるお父さんは小さな自分の息子と散歩を楽しんでいるだけのことかもしれません。当然、子どもの歩調になっています。

この当たり前の姿は、見ていたわたし自身の幼い日の両親と自分の間にあった温もりを思い出させてくれました。

 ある人びとは立派な華々しい行いによって、「世の光」を灯す機会があるかもしれませんが、毎日の生活は地味で目立たない出来事の連続です。ほとんど無意識のようなふれあいにほんの少し心を込めた温かさ爽やかさ、気配りができれば、イエスの言われる「世の光」「地の塩」になれるような気がします。イエスだったら、ここでどんなことを感じ、どんなことをされただろう、と立ち止まり思い巡らすゆとりがあれば、わたしたちの思いや行為は以前とは違ったものになるはずです。

 現代人は忙しく、自分の事で精一杯という世界にいるように思います。常に肩をいからせ、気を張って、何かやらなければと考えなくても、毎日の小さな出会いや出来事に心を込めて向き合うこと、イエスだったらどうされるだろう、と思い巡らすことができれば大きな前進だと思います。

 

Sr.品川ヨシ子