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[コラム]超大作長編

古郡神父

今日の福音で、マグダラのマリアからイエスの遺体が無くなっていると聞かされたのは、ペトロとイエスの愛していたもう一人の弟子でした。「イエスの愛していたもう一人の弟子」は、教会では伝統的にこの福音書を書いたヨハネだと考えられてきました。ペトロは亜麻布が置いてあるのを見たということで終わってしまっていますが、ヨハネは亜麻布が置いてあるのを見て、信じたとなっています。つまり、ペトロは見てもイエスが復活したということには行き着かなかった、けれどヨハネは、見て、イエスが復活したことを信じたということになっているのです。

これはどういうことでしょうか。ペトロよりもヨハネの方が優れていると言いたいのでしょうか。決してそうではないはずです。ペトロは最初の教皇です。ヨハネ福音書のこの後の箇所では、復活したイエスがペトロに「わたしの羊を飼いなさい」と、つまり弟子たちの世話をしなさいと特別な役割を持たせたと伝えているのです。ペトロは、イエスは本当に神様の子である、わたしたちの救いのために死んで、復活したと皆に力強く宣言して、西暦60年頃に反対する者たちに殺されています。ヨハネ福音書が書かれたのは、90年くらいだと言われていますから、その頃にはペトロは皆が知っている偉大な人物だったわけです。

誰もが知る偉大なペトロ。そんなペトロも、すぐにイエスの復活を信じることができたわけではなかったと、今日の福音はわたしたちに教えてくれているのです。あの偉大なペトロだって、最初はすぐに信じられたわけではなかった。だけれども、イエスご自身がペトロや弟子たちの前に立って、ご自分が復活したということを示してくれた。だから、必ずわたしたちにもイエスが一番良いときに信じさせてくださるよと、今日の福音書は伝えてくれているのです。

わたしたちひとりひとりの救いの物語。神様の描かれる救いの物語は、短編ではなく長編なのです。

 

古郡忠夫 神父