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[コラム]わたしたちの未来の姿

シスター品川

主の昇天のミサの祈りに、「主の昇天に、わたしたちの未来の姿が示されています」とあります。最近、わたしは何人かの恩師や先輩シスターを見送りました。何かにつけ、「どこに行ってしまわれたのだろう」と、何日も何日も彼らのことを思い巡らしている自分がいます。勿論、天に召されたこと、今はキリストと共に大きな喜びと平和のうちにいらっしゃることは決して疑いません。しかし、今、わたしはもう会えない、話しても言葉は返って来ない、ということを考えると、表現しがたい悲しみに襲われることがあります。

そこで、「主の昇天に、わたしたちの未来の姿」がどのように写るのか、探ってみたいと思います。「天に昇っていく」、ということも大切な表現でしょうが、これは〝父の懐に帰る″ということを言い現わしているように思います。丁度、イエスが父からこの世に派遣され、すべてのことをなし終えて父のもとに帰られたように、わたしたちも帰るべきところに帰っていく、本来あるべきところに戻る、ということではないでしょうか。

それは、わたしたちの目には見えないところに吸い込まれていくかのようです。イエスの昇天する姿は、雲に覆われ、弟子たちには見えなくなった、と表現されています。この世の次元に住むわたしたちと先に天に召されて帰った人たちとの交流は、目に見えるこの世界の中での関係とは違うはずです。幸いにも、信仰をいただいているわたしたちは、目に見えない世界があることを知っていますので、昇天した人たち、つまり神のもとにいる人たちと信仰において、祈りの中で、交流することが自然にできます。

死は全ての終わりではないことを知っているということは、なんと幸せなことでしょう。キリストの昇天の姿に、わたしたちの未来の姿を見ることができることは、すばらしい福音です。

キリストは、物分かりの悪い弟子たちに、どこまでも親切に、ご自分で説明されましたが、物分かりの悪いわたしたちにも、イエスの昇天の姿を想う時、この世の困難を乗り越えて生きていくための大きな光をいただき、励まされます。

 

Sr.品川ヨシ子