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[コラム]わたしたちの司教ペトロ岡田武夫

古郡神父

10月25日、教皇フランシスコが東京教区のペトロ岡田武夫大司教の引退を受理し、後任として新潟教区のタルチシオ菊地功司教を任命したということが発表されました。わたしがこのコラム原稿を書いている10月26日の時点では、具体的な着座式の日程は発表されていませんが、カトリック新教会法典の418条によれば、「司教は、転任の確実な通知を受けたときから2ヶ月以内に転任先の教区に赴任し」なければならないわけですから、12月には少なくとも菊地新大司教の着座式が行われることになるのだろうと思われます。岡田大司教は、東京都と千葉県からなるこの東京教区という人口の多い都市教区にあって、大きな重責を17年間担われました。それは大変なご苦労があったことだと思われます。本当にお疲れ様でございました。そして、心からありがとうございました。

わたしは関口教会の助任司祭として、また東京教区の典礼担当者として、この1年半、ミサ等の典礼儀式において、また構内における食事等において岡田大司教の近くで過ごさせていただきました。大司教の近くで過ごしながら、凄いなと感じていることがいくつかあります。

岡田大司教が他の人の悪口を言っているのを何時でも聞いたことがありません。これは実はとても難しいことだと思います。大司教の中に、この人は神様に大切にされた存在なのだ、そしてこの人のうちに復活のイエスが住んでおられるのだという視点がいつもあるのでしょう。また、大司教は頑固な人でもあったように思います。多くの人の意見に耳を傾けながら、しかし決断するときには決して人に流されず、まぁ皆がこうだと言っているからこれでいいかということにしないのです。人のことばに耳を傾けながら、しかし何よりも神様のことばに耳を傾けたその結果が、ときには「頑固」と見られることもあったのだと思います。「神を愛し、隣人を自分のように愛する」という一つの姿を岡田大司教からたくさん学ばせていただきました。

東京教区は新しい司教のもとで新しく変わっていくでしょう。しかし、決して変わることのないもの、変えてはならないものを、わたしは岡田大司教から学ばせていただきました。愛のキリストに留まり続けるということ、留まり続けようとすること、そこに神の国が現れるのです。

 

古郡忠夫 神父