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[コラム]カンナ・プロジェクト

西川神父

ある日のこと、湯谷弘幸神父さんが「お預けしたいものがあります」ということで、部屋まで訪ねて下さいました。「お預けしたいもの」と一体何だろうと想像を巡らせながら待っていました。それは花の苗でした。ビニールの小さな袋が四つで、そのひとつずつに、小さなメッセージが入れられていて、上に「カンナ・プロジェクト」と書かれていました。

そもそもの発信地は広島です。由緒を調べてみたら、数年前、ある女性が、生命の偉大さを学ぶために、始めた運動で、原爆の熱線を物ともせず、被曝一ヶ月後、爆心地に近いところに目を出したカンナの花を、根分けしてリレーで全国に配ろうという趣旨でした。

1945年8月6日、米国は、広島に、原子爆弾を投下炸裂させ、一瞬のうちに何万という人命を奪い、その後、後遺症に何千という人を、今も苦しませているのです。昨年は初めて、米国の大統領が広島を訪れ、原爆資料館を見学し、慰霊碑に献花されました。そのときの挨拶は、資料館を見てショックを受けた、このようなことは二度とあってはならないと確信したというような内容でした。

原爆で荒野のようになってしまった街を見て、これから75年は草木は生えないだろうと専門家が言ったという不安をよそに、約一ヶ月後、爆心地からさほど遠くないところで緑の芽が瓦礫の隙間から発見されたのです。それがカンナという花でした。カンナは強い植物で、やがてその年のうちに花を咲かせ、絶望の底に漂っていた市民の大きな希望と夢を与えてくれました。そのような植物、つまり、原爆の業火で根絶やしになったはずの地で生き延びて、今もなお緑の芽を出し続けている被曝植物は、他にも、アオギリや柳など、いく種類かあるようです。カンナは身近における花ですので、これが被爆地広島で芽を出したカンナの花から株分けしたものですと伝えながら育てるには最適かもしれません。カンナ・プロジェクトは良い企画だと思います。その一部が、関口にもやってきました。しっかり受け止めて育てて行きたいと思います。

どこに植えたら良いか判断に困りましたので、石塚さんの手に委ねました。結局ルルドの一角に植えてくださいました。強い花と言われていても、地質も気候も違うところで、果たして元気に育つか心配です。頑張れ、頑張れと言いながら世話するしか仕方がありません。祈りとは、それが叶った状態を思い浮かべて、そうなりますようにと神に願うことだと教わりました。カンナが元気に育って花を咲かせる姿を夢見ています。

 

西川哲彌 神父