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[コラム]ぶどうの木と格差

三田助祭

[福音箇所  ヨハネ15:1-8] 

今日のぶどうの木の例え話でイエスが対象にしておられる相手は複数形で「あなたがた」なのです。「あなた」ではないのです。例えば「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」のように。イエスはわたしたちを含む人類全体が、ぶどうの木につながっていることによって、わたしたちは豊かに実を結ぶと言っておられます。

「豊かに実を結ぶ」とはどのようなことでしょうか。イエスは「わたしがあなたがたを愛したように互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。」とおっしゃっています。「豊かに実を結ぶ」とはイエスの掟を守り隣人を自分のように愛せば、素晴らしい神の国を地上に作ることが出来るという意味です。

さて、地上の民はぶどうの木の枝として、木につながっているでしょうか。先進国は植民地から資源を吸い取り、自分たちだけが裕福になりました。隣人愛を無視した先進国の態度は格差を広げ、彼らに無視された現地の人々は我慢の限界を超えて、怒りのあまりテロリストになりました。この現状に気付いた先進国は自分たちが神の掟に背いたことを反省せず、隣人愛の代わりに、武器をもって被害をおさえ込もうとしています。

先進国がぶどうの木の枝としてイエスに繋がっていなかったが故に、テロリストとの戦争という大きな代償を払うことになったのです。そして苦しんでいるのは戦地に住む住民です。

このままでは、ぶどうの枝は切って捨てられるかも知れません。

 

三田一郎 助祭