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[コラム]カンナが生きていた

西川神父

今年の一月の「コラム」でカンナプロジェクトを紹介させていただきましたが覚えていただいていますでしょうか。油谷弘幸神父さんが預かって届けてくださったカンナの苗です。四つの小さな袋にそれぞれ一本ずつカンナの苗が入っていました。発信地は広島で、受け取ったくださる小、中学校の生徒がまず自分たちの校庭や家庭で植えて育て、新しい芽が出たらそれを、受け取って育ててくださる方に送るカンナプロジェクトの苗が、油谷神父さんの手から関口に渡されたのでした。このカンナのルーツは、人類初の原爆被曝地広島で、8000度の熱にも負けずに目を出したカンナにあります。たった一発の原子爆弾で広島の町は一面、焼け野原になりました。放射能がもたらす原爆病で何万の人命が失われました。これから75年は、草も木も育つことがないだろうと言われて、がっかりしていた広島市民に、大きな喜びをもたらしたのが被爆樹といわれるアオギリや柳に新しい芽が出たことであるし、真っ黒に焼けただれていた土から新緑の芽を出したカンナでした。

もともと、カンナは強い花でした。その力は根にありました。いくら、葉っぱや茎を切っても、しばらくすると根から新しい茎が芽を出し、やがて花を咲かせるのです。しかし、カンナといえども限界はあるようで、私たちが四本の苗を受け取った時、ひょっとしたら一本も芽を出さないかもしれません。運ばれているうちの弱ってしまい、苗自体が腐って、根元から死んでいるかもしれませんというお話だったのです。

ともかく植えてみましょうということで、ルルドのそばに植えてみました。植えてところには竹棒を立てて目印にしておきました。毎日毎日観察していましたが、一ヶ月たっても二ヶ月たっても、何のしるしも出てきません。

やっぱりダメだったんでしょうかねと諦めかけていました。それでも、諦められず、二週間前に、四本の根を掘り出してみました。一本目は、何も出てきません。腐った根のようなものがあるだけでした。二本目もダメでした。三本目もダメでした。四本目に来た時、かすかに小さな芽が出てきました。1センチほどのものでしたが、確かにカンナの芽でした。カンナは生きていたのです。

すぐに元通りにして埋めておきました。あとは、少しずつでも成長して、地上に芽を出すのを待つだけです。1945年の8月6日に原爆が投下され、焼け野原になった土地で翌年の春にはカンナが伸びて花を咲かせ、落ち込んでいた被爆者に元気を与えてくれたとのことでした。関口のルルドで果たして被曝カンナが伸びて花を咲かせるでしょうか。息を長くして待っています。生き返ったカンナを見て喜んだ広島市民ほどではありませんが、生きていてくれれば嬉しいです。ルルドに行くたびに、カンナ頑張れと、言っています。 

 

西川哲彌 神父