HOME > お知らせ > コラム > [コラム]王であるキリスト

[コラム]王であるキリスト

三田助祭

[福音箇所 ヨハネ:18:33b-37]

教会の典礼は神様によるわたしたちの救いの歴史を述べ伝えます。今週は教会の典礼暦の最後の週です。わたしたちは神の救いの技に感謝します。神は天地を創られる前からわたしたちを選ばれ、限りなく愛してくださいました。

しかしながらわたしたちは常に罪を犯し、罰を受けなければ神と和解できません。 

例えば天使が自分の力を過剰評価して、自分は神になれると傲慢な気持ちを持ちました。神はこの天使を地獄に陥として悪魔にしました。神にとって傲慢とは地獄行きにあたいするほど大きな罪なのです。同じ罪のリストに悪口、無分別などもあります。わたしたちが日常的に犯す罪です。わたしたちには「それはちょっと重すぎる」と言う権利はありません。わたしたちは罪中毒で罪の重さが分からないのです。

このような罪の罰をイエスはわたしたちの代わりに受けて下さったのです。神は天から降りて来られ、処女マリアから体を受け、人となられました。そして神は鞭で打たれ、十字架につけられ、死んでくださり、御父によって復活されました。これが私たちの救いの歴史です。

今日のミサで、わたしたちがキリストから受けた限りなく尊い恵みを感謝します。キリストはこの世ではない国に属しておられ、御父の前に来られて王権を受けられました。わたしたちはキリストと共に天の国を相続するのです。わたしたち一人ひとりは自分の心の底まで見直して自分はこのような恵みにふさわしいか、もしふさわしくないことに気付いたら神に「わたしを清めてください」と祈ります。

 

三田一郎 助祭