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[コラム]イエスの弟子になるには

三田助祭

[福音 ルカ14:25-33]

イエスは「父、母、妻、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうともこれを憎まないなら私の弟子ではありえない」とおっしゃいます。イエスの掟は「隣人を自分のように愛しなさい」です。わたしたちはなにか矛盾を感じます。

高山右近の模範を見てみましょう。彼はこの世では全てが与えられていました。でもイエスの弟子になるために自分の領地を捨て、城を捨て、家族を捨て、身の安全をすて、島流しになり、フイリピンで命をすてました。高山右近はこの世のものを全部捨ててイエスの弟子になったのです。

コルベ神父の模範を見てみましょう。ユダヤ人がアウシュビッツ強制収容所から脱出しました。

再度このような事が起こらないように、脱出しなかった若者が銃殺されることになりました。その若者には妻と子供がいて死を大変恐れていました。コルベ神父はその若者に神の慈しみを感じ、「その若者を殺す代わりに自分を殺してくれ」と願い出ます。コルベ神父はイエスの弟子になるために自分の命を捨てたのです。

キリストの弟子になることはキリストと共に、自分を無にして誘惑しようとする悪魔と戦うことです。イエスの弟子になることはそれなりの決心がいります。仮に家族であっても、あなたを悪に導く者とは戦う必要があります。

イエスはわたしたちが右近やコルベ神父のように生きることを望んでおられません。

毎日必死に悪と戦っていくことをわたしたち一人々に求めらておられます。

 

三田一郎 助祭