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せきぐち – 2012年1-2月号

成人として、新しい自由へ

大阪教区助祭 大久保 武

大久保助祭 成人を迎えるということは、様々な自由が認められるということでもあります。と言われても、自分にとっては大した変化の感じられないものでした。成人しないとできないことについては特に興味を持っていなかった、というのが理由の一つでしょう。

でもそれは、言い換えれば成人する前から既に十分な自由を得ていた、ということでもあります。そう考えてみると、神様は人間を自由なものとして生まれるように創られたのだな、と改めて確信できます。成人しようがしまいが、心の底からやろうと思えば、ほとんどのことはできるものです。

では成人しても違いはないのか、ということになりますが、確かに誰であれ、年齢に関わらず一人の人間として対等に接するべきです。お互い同士、自由です。ただ、自分が目指しているものを具体的に考えることができるのは、様々な経験をしてきた今だからこそではないでしょうか。自分がどのような人柄でありたいのか、成そうとしていることは何なのか、それによって何を人に伝えたいのか、神様との結びつきを認めているのであれば、それらによって神様の心と共鳴できるのかどうか。そういった諸々がしっかりと結び合わされていることで、新しい自由に入ることができるのだと思います。執着が無くなる、解放を伴う自由です。

方法は様々です。自分が経験してきた中から、これと思うものをそれこそ自由に選び取って、人々と、そして神様と繋がりながら”自分を生きる”ことを目指してみて下さい。試行錯誤もあるでしょう。むしろ手応えを感じるまで、手を変え品を変え、やってみましょう。何ら特別でもない経験の中にすら、その可能性はあるものです。

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