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せきぐち – 2012年3-4月号

「陰府に下り」とは

主任司祭 山本量太郎

使徒信条

主任司祭 山本量太郎ミサの信仰宣言に「使徒信条」の新しい口語訳が導入されたのは、今からもう8年前のことになります。それとともに、それまで唱えられてきた「洗礼式の信仰宣言」はミサの中では唱えないことになりました。なぜなら、「洗礼式の信仰宣言」は「使徒信条」の要約であり、あくまでも、洗礼式での問答の時に用いられるものだからです。

古めかしい表現

さて、使徒信条になって戸惑ったことの一つに、「陰府(よみ)に下り」という言葉が入ったことがありました。振り仮名がなければ読めないような、古めかしい単語を突然、毎週唱えることになったのですから、無理もありません。もっとも、公教会祈祷文の文語体の「使徒信経」に慣れ親しんだ世代なら、「古聖所」という、かつての訳語を懐かしく思い出されたかもしれませんが…。

ペトロの手紙には

実は、使徒信条が、主は「陰府に下り、三日目に死者のうちから復活し、天に昇って…」とはっきり表現するのには、大切な理由があるように思えます。

今年の四旬節第1主日(2月26日)の第2朗読としても読まれましたが、ペトロの第一の手紙(3・19)には、「肉では死に渡されたが、霊では生きる者となられたキリストは、捕らわれていた霊たちのところへ行って、福音を宣べ伝えた」と書かれています。

捕らわれていた霊とは、旧約のノアの時代に、神に従わず、箱船に乗り込まなかった人たちのことであり、その人たちの置かれている場所が陰府である、と考えられていました。キリストは、救われる希望のない人たちが、陰のように存在している場所までくだり、彼らを、言わば、引き連れて、天に昇りました。

ですから、使徒信条は「陰府に下り」という表現によって、天がすべての人(陰府にいる人たちも含めて)に対して開かれた、と言おうとしているのです。

ニケア・コンスタンチノープル信条

実は、使徒信条の新しい口語訳が発表されたとき、同時に、もう一つの重要な信仰宣言であるニケア・コンスタンチノープル信条も、新しい口語文が発表されました。最初の二つの公会議の名前を冠したこの信条は、三位一体の教義を中心に、豊かな神学的内容を有するものです。そして、使徒信条が東方の教会ではほとんど知られていないのに対して、ニケア・コンスタンチノープル信条は、東西両方の教会に共通の信条といってもいいほどの広がりをもっています。さらに言うならば、ミサの信仰宣言としては、もっぱらといってもいいほどニケア・コンスタンチノープル信条が圧倒的に用いられてきたのです。

使徒信条にすっかり慣れ、すでに暗記されたかたも多いことでしょう。そこで、もう一つのニケア・コンスタンチノープル信条を、本年の三位一体の主日(6月3日)から本格的に導入したいと考えています。皆さまのご協力をお願いいたします。

 

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