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せきぐち – 2013年11月号

主の祈りを生きる

主任司祭 山本量太郎

福音の要約

主任司祭 山本量太郎

3世紀のテルトゥリアヌスという教父が、「主の祈りは福音の要約である」という有名な言葉を残しています。私はある時から、どの日曜日の説教でも、その日の福音から始めて主の祈りで結ぶような話ができるようになりたいと考えるようになりました。「福音の要約」というからには、どの福音の箇所を読んでも、そこから主の祈りに入っていくことができるはずだと思い、今でもあきらめずに時々試みています。そして、次の日曜日の福音を思い浮かべながら主の祈りを唱えるように努めています。それで、どうしてもこの巻頭言でも、主の祈りに関することが多くなってしまいますこと、おゆるしください。

由来を知りたい

今回は、ずっと前に知り合いからもらった、主の祈りについて書かれたものをそのまま紹介したいと思います。作者も出典もわかりません。全世界に広まっているのかもしれませんし、そうでないのかもしれません。とにかく、なぜか私の心に深く残っています。由来をご存じの方がいらしたら教えてください。以下の通りです。

もしあなたが、神の子として生きていないのなら、「父よ」と言わないでください。

もしあなたが、自分のエゴイズムの中に閉じこもっているのなら、「わたしたちの」と言わないでください。

もしあなたが、自分の名誉や自分の利益のことしか考えていないのなら、「み名が聖とされますように」と言わないでください。

もしあなたが、物質的な成功だけを考えているのなら、「み国が来ますように」と言わないでください。

もしあなたが、自分の気に入ることだけを受け入れているのなら、「み心が行われますように」と言わないでください。

もしあなたが、貧しい人々のパンのために働かないのなら、「わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください」と言わないでください。

もしあなたが、兄弟に対する憎しみに身を委ねてしまっているのなら、「わたしたちの罪をお赦しください」と言わないでください。

もしあなたが、真の自分を見失うような誘惑の場にばかり身を置こうとしているのなら、「わたしたちを誘惑に陥らせず」と言わないでください。

もしあなたが、善のために尽くそうとしていないのなら「悪からお救いください」と言わないでください。

もしあなたが、主の祈りを真剣に生きようとしていないのなら、決して「アーメン」と言わないでください。

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