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せきぐち – 2013年12月号

わが家のサンタクロース

主任司祭 山本量太郎

やってきた最後の年

主任司祭 山本量太郎

サンタクロースがわが家に最後にやってきたのは、一番下の妹がまだ小学校の三年生か四年生のころだったから、もうかれこれ40数年も前のことになる。
その年のクリスマス、妹はどうやらサンタクロースの正体を見破ったらしいのだ。「らしい」というのは、彼女はけっして「サンタクロースって実はうちの…」というようなことを、いっさい言わなかったからである。ただ、翌年の聖ニコラオの日、12月6日がやってきても、ちっともサンタクロースに手紙を書こうとしなかったので、家中のものはみな了解したというわけである。

聖ニコラオの日のならわし

サンタクロースは、4世紀ころの小アジア(今のトルコ)の司教、聖ニコラオのオランダ語の発音に由来すると言われ、今でも12月6日がその祝日となっている。もっとも、祝うかどうかは任意となっているので、ミサの中では祝わないことのほうが多い。
わが家では、その聖ニコラオの日に、6人の子どもたちがめいめいサンタクロースあてにプレゼントのお願いの手紙を書く習慣であった。そして、その手紙を寝る前に軒先の物干しか何かにぶら下げておくのである。翌朝起きてみると、もうその手紙はなく、今年もきっとサンタクロースが贈り物を持ってきてくれると、指折り数えてクリスマスが来るのを心待ちにしたものだった。

訪れなくなってから

すでにサンタクロースの正体を見抜いている上のほうの子どもたちは、わが家の楽とはいえない経済状態を小さな頭で精いっぱい考え、現実的にもらえそうなものを書く。こうして上から順番に気づいていったのだが、まだサンタクロースの実在を信じている下の妹や弟に、その正体を暴露するような者はいなかった。
サンタクロースが訪れなくなったのは、一番下の妹がついにすべてを悟った、その翌年からであった。それ以来、わが家では、クリスマスプレゼントは両親からもらうようになった。

生涯忘れない思い出

サンタクロースは子どものころのなつかしい、ほほえましい思い出であればそれでいい。それ以上のものではない。第一、子どもたちがクリスマスのことをいつまでもサンタクロース到来の祭りと勘違いしていたら困るではないか。
だが、それでも私はわが家のサンタクロースの思い出を生涯忘れないであろう。それは親の愛を手応えあるものとして感じられた最初の経験だからである。そして今、その親の愛を通して神の愛へと思いを馳せている。
御ひとり子を世にお与えになったほどに、私たちを愛してくださる神の愛を、手応えあるものとして感じられる日を待ち望みつつ。

*この文章は以前、「聖書と典礼」に掲載したものに手を加えました。

*前号の巻頭言「主の祈りを生きる」で、「由来を知りたい」と引用した文章は、「アフリカの主の祈り」と言われて広く知られている作者不詳のものであることをある関口教会の信徒の方から教えていただきました。ありがとうございました。

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