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せきぐち – 2014年8-9月号

サマーキャンプで思ったこと

主任司祭 山本量太郎

主任司祭 山本量太郎

ほんとうに久しぶり

教会学校のサマーキャンプで奥多摩に行った。そして、奥多摩湖と小河内(おごうち)ダムをこの目で見てきた。ほんとうに久しぶりだった。なにしろ、37年前に司祭になって以来、奥多摩湖まで足をのばした記憶がないのだ。

奥多摩湖というのは通称で、正式には小河内貯水池という。1957年、多摩川を小河内ダムによってせき止めて造られた水道専用の巨大な貯水池なのである。当時としては、記念切手が発行されたほどの大工事だった。その時、小学校5年生だった私は、社会科の授業で聞かされたことを、50年以上たった今もよく覚えている。奥多摩への玄関口、立川に住んでいたので、学校でも詳しく教わったのだろう。

決して忘れてはならない

小河内ダムの建設は確かに大工事だった。着工から完成まで20年近くかかっている。でも、いちばん大変だったのは工事ではなく、旧小河内村とその周辺の集落が水没し、数千という村人たちが立ち退かざるを得なかったことだ。

東京という大都会のために苦渋の決断を迫られ、受け入れるしかなかった彼らのことを、東京都民は決して忘れてはならない。そう力を込めて語った小学校の先生の言葉を思い出しながら、私はその晩、キャンプのまとめの話の中で、教会学校の子どもたちに同じことを伝えたのだった。水道の蛇口をひねると水が出るのは当たり前のことではない、ありがたいことなのだ、と。

恥ずかしながら私自身、小河内ダムのことを長い間ほとんど思い出すことがなかった。今回奥多摩湖に来ることができてよかったと心から思っている。2泊3日のサマーキャンプが終わり、関口教会に戻る青梅線の電車の中で、キャンプのテーマソングのリフレイン「どんな時にも感謝しなさい」が何回も私の心の中で繰り返されていた。

ありがたいこと

人間はもちろん、感謝しなさいと言われたからといって感謝できるものではないだろう。しかし、当たり前だと思っていることのほとんどは、実はありがたいことなのだ。知らなかったり、忘れていたりするから、当たり前だと思っているに過ぎない。蛇口をひねれば出てくる水だけでなく、朝から晩まで、私たちの周りにはありがたいことが、それこそ山ほどある。

何でも当たり前だと思って人生を送るのか、それとも、ありがたいと感謝して日々を過ごすのか、毎日が岐路のように思えてならない。 ヨーロッパのいくつかの言語では「考える」と「感謝する」の語源が同じだという説がある(ドイツ語では特によく似ている)。物事をよく考えるとき、自ずと感謝の念がわいてくるような人生こそ、最高に幸せな人生に違いない。

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