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せきぐち – 2015年3-4月号

主の過ぎ越しをたたえよう

主任司祭 山本量太郎

山本神父様

聖週間

四旬節が深まり、聖週間も間近となりました。
私の心は正直なところ、既に聖週間、特にその頂点である「聖なる三日間」に向かっており、その時、年に一回だけ歌われる、幾つかの特別な聖歌を毎日口ずさんでいます。
その中の一つが、聖金曜日の「とがめの交唱」です。この聖歌は、その歌詞が神に向かって賛美をささげるものではないところに最大の特徴があります。逆に、神が私たちに向かって「民よ」と繰り返し呼びかけるものとなっているのです。そのリフレイン、すなわち「交唱」は、こうなっています。
「民よ、わたしにこたえよ。わたしはあなたに何をしたか。何をもってあなたを悲しませたか」。
神が民に向かって次から次へと語る内容は、「わたしはエジプトの地からあなたを導き出したのに、あなたは救い主に十字架を負わせた」に始まり、直接的には旧約の民に向けられています。しかし、神を悲しませ、救い主に十字架を負わせたのは、実はお前たちなのだと、この歌は今日の私たちに、いや、この私に迫ってくるのです。

聖金曜日

聖金曜日の典礼は、「主の受難の祭儀」と呼ばれ、死と復活を記念するミサではありません。三日間かけて主の過ぎ越しを祝う壮大なスケールの中にあっては、まだ過ぎ越しの途上にあるからです。
しかし、この日の典礼では、先ほどの「とがめの交唱」に続いて、クルクス・フィデーリス、すなわち「十字架賛歌⑵」が必ず歌われます。
「声を限りにたたえよう。ほまれに満ちる勝利のたたかい、光り輝く十字架の凱旋。世を救われたいけにえの勝利を」と始まるその内容は、十字架の向こうに復活があることを予感させるものになっており、聖金曜日の中心的な聖歌といってもいいでしょう。
私は、「とがめの交唱」から「十字架賛歌⑵」へと移るまさにその瞬間、毎年必ず感動を覚えます。

キリストの光

復活徹夜祭の始まり、暗闇の中で復活の大ロウソクに火が灯されます。
その復活の大ロウソクが高く掲げられて「キリストの光」「神に感謝」と三度歌われる、ちょうど同じ位置で、前日の聖金曜日の典礼では、十字架が高く掲げられて「見よ、キリストの十字架、世の救い」「ともにあがめ、たたえよう」と歌われるのです。
主の晩餐の夕べのミサに始まる聖なる三日間の典礼は、何年繰り返しても決して飽きることなく、むしろ年々味わい深くなっているというのが実感です。味わい尽くすことなど生涯できないでしょう。
今年もロウソクの光の中でご一緒に「復活賛歌」を歌う日を心待ちにしています。

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