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せきぐち – 2015年11月号

貧しいやもめの話

主任司祭 山本量太郎

お金の単位

レプタ(新共同訳ではレプトン)という聖書に出てくる古代のお金の単位が、現在もギリシアに残っていると聞いて驚きました。一人の貧しいやもめが2レプタを献金したというマルコ福音書12章の有名な話の中で、既に「2レプタは1クァドランスにあたる」との説明が必要だったくらいですから、とうの昔に消えてしまったにちがいないと勝手に思い込んでいたのです。

それだけではありません。やはり聖書に登場するドラクマというお金の単位も、2千年の時を越えて現代まで生きのびていました。正確には2002年にEUの多くの国の通貨がユーロに切り替わるまで、ギリシアの通貨はドラクマだったのです。

レプタは今も

ヨーロッパではユーロへの切り替え時に、各国の補助通貨の単位もセント(ユーロセント)に統一されました。ドイツのマルクとペーニッヒも、フランスのフランとサンチームも、みなユーロとセントになったのですが、その時、一つだけ例外がありました。ギリシアは、ドラクマはユーロに切り替えましたが、補助通貨の呼び名はセントを使わずレプタのままで通したのです(1ユーロは100レプタ)。ギリシアではレプタという小銭が今日でも通用しています。

このことを知って、福音書の貧しいやもめの献金の話が、以前よりずっと身近に感じられるようになりました。現代の日本に置き換えて考えると、1ユーロは約135円ですから、1レプタは、1円玉か5円玉、せいぜい10円玉でしょう。聖書の昔も似たようなものだったにちがいありません。2レプタがどれほど少額であるかがピンときました。

すべてをささげる

しかしながら、福音書にとって大切なのは、その2レプタが彼女の全財産であったということ、さらに決定的に大切なのは、それを残らず全部ささげたということです。
イエスは神殿の賽銭箱の側で、人々が献金する様子を見ていました。大勢の金持ちがたくさんのお金を入れていたのです。しかし、イエスは弟子たちに言います。「この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。皆は有り余る中から入れたが、この人は持っている物をすべて入れたからだ。」

マルコの福音書では、この全財産をささげる貧しいやもめの話は、神殿の境内における最後の場面となっています。そのあとのイエスを待つのは受難にほかなりません。貧しいやもめの姿の向こうに、十字架上ですべてをささげるキリストの姿が浮かび上がってくるようではありませんか。

もう一つの話

マルコの福音書は既に10章で、「すべてを捨てて私に従いなさい」と言われてついていけなかった金持ちの話のあとに、盲人バルティマイの出来事を伝えています。彼は、「お呼びだ」と言われて、上着を脱ぎ捨ててイエスのところに来ます。この脱ぎ捨てた上着とはまさに彼の全財産だったのです。

有り余る中から献金する金持ちと貧しいやもめ、すべてを捨てられない金持ちと上着を脱ぎ捨てる盲人、福音書はこのような対比を通して私たちに、キリストに従う道を指し示しているのではないでしょうか。

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