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せきぐち – 2015年12月号

クリスマスメッセージ
クリスマスは神のいつくしみ

協力助祭 三田一郎

主のご降誕おめでとうございます。 

題名に「神のいつくしみ」を入れましたが、あなたの心は何を感じたでしょうか。教皇フランシスコは叫んでおられます。「神のいつくしみとは抽象的な概念ではなく、わが子のことでからだの奥からわき起こる親の愛のように、神がご自分の愛を明かす具体的な現実なのです。実に『はらわたがちぎれるほどの』愛ということです」*。教皇はこの愛を「いつくしみの特別聖年」で観想するように勧められています。クリスマスを神のいつくしみとして考えてみましょう。

現在の世界状況を見ると神と悪魔の戦いは、悪魔が勝利しているように見えます。悪魔の誘惑によって、先進国は現地の人々の尊厳を無視して資源を掘り出し、格差を広げました。さらに悪魔は貧しい人々を誘惑してテロリストにしました。テロリストが原爆をもてば全世界が終戦直後の広島や長崎のようになるでしょう。三位一体の神は、深い悲しみと、はらわたがちぎれるほどの愛をもってこの世を見ておられます。御父は一瞬にしてこの世の悪をすべて滅ぼせます。でもなさいません。

三位一体の神は救いの業を実行するために役割分担をもたれました。御父の役割分担は「神と人との協働・連携」です。これは次の例で理解できます。お父さんの誕生日ケーキをお母さんと小さな娘が協働で作ります。お母さんが自分一人で作った方が早く、きれいに出来ます。でも娘と共にケーキを作ることによって家族愛が成長します。

御父は人に悪との戦いを少し経験させてくださるのです。何もできないわたしたちが、父の御旨に沿って生きることによって神と「協働・連携」でき、悪は滅ぼされるのです。

旧約時代には「神と人との協働・連携」で悪を滅ぼせませんでした。罪深い人間が協働・連携を拒んだのです。そこで神は新しい契約をくださいます。御子は、ご自分が創られた人間に、はらわたがちぎれるほどの愛を注がれます。御子の役割分担は、罪で汚されて助けるに値しない人の中に、その一員として生まれ、人を教え、模範となり、ご自分の死をもって人の罪を贖い、人を復活させるために、まずご自分が復活してくださるのです。

地上に来られたイエスはすべてを御父から学び直す必要があります。「はらわたがちぎれるほど」人を愛してくださる聖霊の最も大きな役割分担は地上に神の教会を創ることですが、地上での御父と御子の連携や「神と人との協働・連携」は聖霊を通して行われます。

人間はどのように「神と人との協働・連携」を持つのでしょうか。例を見てみましょう。御父はマリアの体を自由に使うこともできましたが、天使ガブリエルを送り、聖霊によって胎内にイエスを宿らせることをマリアに願います。マリアは町の人々に誤解されて死刑になる可能性を理解しながら、神への協働・連携を拒みませんでした。ヨセフも神の義父になり、イエスのために自分の人生を捧げる協働・連携を拒みませんでした。イエスは家畜が見守る中でお生まれになりました。月が満ちたマリアを見て行うことができたベツレヘムの人々の神への協働・連携は、最低限の飼葉桶を差し出すことだけでした。ユダヤ人の中で底辺にいる羊飼いたちは、神の誕生を喜びました。異邦人である東方の三人の博士は、天使に従うことを選び、ヘロデに協力しませんでした。

わたしたちは、はらわたがちぎれるほど神を愛せるでしょうか。どれだけ「神との協働・連携」をしていけるでしょうか。「いつくしみの特別聖年」の観想の中で、まず神のいつくしみを理解するために祈りましょう。そしてどのように「神との協働・連携」が出来るかを祈りましょう。

 

 

注:*いつくしみの特別聖年公布の大勅書

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