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せきぐち – 2015年12月号

待降節黙想会報告

2015年11月29日(日)、小田武彦神父様の導きで待降節黙想会が行われました。
教皇ベネディクト十六世使徒的勧告『愛の秘跡』を使って、ミサに意識的に参加してこそ「聖体」本来の意味が生かされることを示して、わたしたちが新たな一歩を踏み出せるようにしてくださいました。以下は概要の一部です。

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「聖体」は秘跡

イエス様は、わたしたちにご自分の愛を与えることを望んで聖体の秘跡を制定された。聖体は、神道の御神体や仏教の秘仏のように、ありがたく伏し拝む対象ではない。

教会はイエス・キリストの秘跡

秘跡とは、見えない神を見えるようにするしるしのこと。イエス様は、神の愛を見えるようにしてくださった上に、聖体を受ける者が神の愛のしるしとなり、全人類一致の道具になるようにしてくださった。

秘跡の典礼の形の発展

待降節第一主日から典礼が少し変更された。それは主が、聖霊の導きのもとに秘跡の典礼を発展させることを望んでおられるからである。変更の意図を受け止め、主の望みを生きる恵みを祈っていこう。

ヒッポの司教アウグスチヌスの言葉

主キリストは、ご自分のからだと血をわたしたちにゆだねることを望んだ。これらをふさわしいしかたで受けるなら、あなたがた自身が受けたものとなる。それゆえ、わたしたちは、キリスト教徒となっただけでなく、キリストとなった。

朗読の準備の大切さ

前もって手渡される『聖書と典礼』を活用して、主日に読まれる「神のことば」を理解することに全力を傾けよう。主が、わたしの体、わたしの口を使って語ってくださるように。

奉納では、自身の生活をも持ち込む

パンとぶどう酒が奉納されるとき、自身の生活を持ち込むことが大切。つらかったこと、悲しかったこと、嬉しかったことなど、全部を奉納されるパンとぶどう酒に託して捧げるのだから。

「平和のあいさつ」は単なる挨拶ではない

平和のあいさつは隣の人に「こんにちは」と挨拶する時ではない。一人ひとりがミサに持ち込んできた世界の苦しみ、悲しみ、願い、祈りに「主の平和」があるようにと願って、互いにあいさつするのである。

派遣

古代において「退堂」という意味しかなかった「ミサ」という言葉は、「派遣」を意味するようになった。家庭、職場、学校、社会で生きる使命を託されて、ミサの最後に派遣の祝福を受けるのである。

 

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