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せきぐち – 2016年1-2月号

カトリックと食生活・小考

主任司祭 山本量太郎

初聖体と初夜食

初聖体をいただく前の晩、私は生まれて初めてお夜食というものを食べました。小学校2年生でした。不思議なことに何を食べたかまったく覚えていないのですが、両親と一緒のお夜食は、大人になったような気分がして嬉しいひとときでした。そうして私の初聖体の思い出は今もなお「初夜食」の思い出とセットになっています。

その当時ミサ前の食事は許されていませんでしたから、わが家に日曜の朝食はありませんでした。それで土曜の晩に軽く夜食を摂っておくのですが、ミサを終えてわが家に戻って来るのはもうお昼ころ、家族一同おなかペコペコでした。

中学生になったころ、聖体拝領の3時間前までは食事をしてよいことになりました。ミサではなく聖体拝領の3時間前であると父親が家族に説明して、日曜の朝ご飯の時間が定められました。しかしその後何年もたたないうちに規則は更に緩和され、聖体拝領の1時間前となって現在に至っています。

そうなるともうこの規則を意識する必要はほとんどありません。なぜなら、日曜日のミサは聖体拝領まで30分以上かかるので、よほどミサ直前に食物を口にしない限り、規則に触れてしまうことがないからです。それでも私は、この規則が今日でもミサを大切にするようにと呼びかけていることを時々意識したいと思っています。

 

小斎は廃止された?

さて、カトリック信者にとって意識しなければならない、食生活に関する決まりがもう2つあります。と言っても、イエス・キリストは事実上、旧約聖書の食物規定を撤廃されたので、キリスト教には食物に関するタブーはありません。汚れているという宗教的な理由で一定の種類の食物を禁じることはないのです。そのことを前提とした上で、小斎と大斎のことに簡単に触れておきたいと思います。

金曜日には肉を食べないという小斎。それは私の育った家ではもちろん鉄則でした。それが第2バチカン公会議の後、肉を食べてもいいことになりました。私は数年の間、小斎が廃止されたと思い込み、内心大いに喜んでいました。しかし、決してそうではなく、各自の判断で他の形、すなわち、愛徳のわざ、信心業、節制のわざに置き換えることができるように変わったのでした。各自の判断に任され他人に言う必要もないから、実行しているかどうかは本人のみぞ知る、ということになります。このゆるさにもかかわらず実行している人こそがカトリック信者だというわけです。

 

大斎はどう守る?

大斎といっても断食といえるほどのものではありません。なにしろ一日に1回十分な食事をすることができますし、さらに朝ともう1回わずかな量を食べることもできるのです。18歳から60歳までの人が守りますが、病気や妊娠などの理由があれば免除されます。しかもそれを行うのは年に2回だけ、灰の水曜日と聖金曜日です。

これまたかなりゆるい規則だと思います。それは、断食自体が目的ではないからです。断食を通してキリストの受難と死に思いをはせることにこそ意味があるのです。

四旬節に入り、思い浮かぶことを書きつらねました。

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