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せきぐち – 2016年12月号

*関口教会聖歌隊指揮者の三澤先生に、クリスマスの思い出を執筆していただきました。

クリスマスの思い出と礼拝音楽

三澤洋史

ベルリン芸術大学指揮科に留学していた時迎えた、初めてのクリスマスイヴを今でも忘れない。1981年だからもう35年も前の話。夕方になると、どの道路からも車という車が消えた。あの喧噪に満ちたベルリンの街が静寂に閉ざされたのに驚いた。

こんな時にひとりで居る留学生は、かなり淋しい思いをする。ドイツでは、日本のお正月のように、みんな実家に帰省していなくなってしまうからだ。僕は妻と一緒だったからまだよかった。

クリスマス・ツリーはイヴの日に初めて飾る。それからクリスマス休暇の間ずっと飾っておく。イヴの晩は家族で静かに過ごす時。みんなで元気に迎えられたことを神様に感謝し、そして来年のイヴも同じように集まれるよう祈る。

真夜中になると教会の鐘が鳴り渡る。するとみんなコートを着て教会に出掛けていく。イヴのミサは午前0時が基本。思い出すのは、音もなく降っていた粉雪。ふと見ると、手袋の上には雪印のマークのような小さな雪の結晶。零下20度を越えていた。

それから時は過ぎて次の思い出。1996年暮れから1997年初め、名古屋バッハ・アンサンブルという団体を率いてドイツへ演奏旅行に行った時のこと。クリスマス・オラトリオを指揮してシュトゥットガルトとベルリンの教会で演奏会を行った。旅行ガイドさんから聞いた話によると、その年のクリスマス期間に、ベルリンの街だけで60回もクリスマス・オラトリオが上演されるという。ただし演奏会場ではなくて教会に限るのだ。

その時に僕は悟った。そうだ、これは演奏会で喝采を浴びるための音楽ではなく、礼拝のための音楽なのだ。自分は、バッハを演奏することに対して、根本から考えをあらためなければならない、と。

三つ目の話。2000年暮れから2001年初め。今度は浜松バッハ研究会を連れて、エアフルト、ハレなどの街でロ短調ミサ曲を演奏した後、1月6日、晩年のバッハが音楽監督をしていたライプチヒの聖トマス教会で公現節の礼拝音楽を担当した。演奏会では全曲通して演奏されるカンタータが、礼拝(ルター派教会なのでミサではない)の中に挟み込まれる形で演奏されるのだ。

カンタータのテキストは、その日の福音朗読の内容に沿って書かれている。音楽も、その日のテーマを黙想できるように作られている。音楽の間に聖書朗読や牧師の説教が行われたが、その牧師の説教が素晴らしかった。それを受けて僕の指揮にも熱が入った。こうして全てが一体となって進んでいく。これが礼拝音楽のあり方なのだ。僕は初めて、バッハが当初意図した形でこの曲を演奏することができた。しかも、バッハと同じ聖トマス教会で、ドイツ人の信徒達と共に。

その延長上に現在の僕の関口教会におけるミサの指揮がある。ミサの流れ。その中に音楽も一要素としてある。決して音楽だけ浮き立ってはいけないが、音楽の力もあなどれない。音楽は祈りを純化し飛翔させる。

クリスマスイヴには沢山の人達が関口教会を訪れ、聖マリア大聖堂は溢れかえる。でも僕の心はいつもドイツのクリスマスのしずけさに還っていく。僕が奏でたいのは、喜びを秘めたしずかな音楽。

同じ「しずけき」や「まきびとひつじを」を歌っても、ミサの中では全く違った意味をもって響き渡る。大聖堂に満ちているのは、大気に溶け込んでいる神様の慈愛。その至福感に身を任せる時、僕たちはみんな、今ここが自分の家であることを知る。

そういう音楽の力を信じて、今年のクリスマスも指揮をする。 

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