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せきぐち – 2017年3-4月号

関口教会との「関わり」に感謝

泉 雄生

おかげさまで3月20日に、2年間実習でお世話になった関口教会で司祭叙階の恵みを受けることができました。西川神父様、古郡神父様、三田助祭様、そして前主任司祭である山本神父様をはじめ、すべての信徒の皆様に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

今でも印象深いのは、5年前の春、哲学科2年に上がろうとしていた私は、高円寺教会で助祭叙階式に参加していました。その祝賀パーティでのこと、当時、助祭に叙階される直前だった古郡神父様が、関口の青年たちとともに私のところを訪れ、「次に関口に来る神学生です」と紹介してくれたのでした。これが私と関口教会との「関わり」の始まりでした。今回の新司祭の人事発表と同様、人との関わりは突然始まります。それだけ神様のご計画は人の思いを超えている、ということです。

当時、神学院の副院長で、かつて関口の助任司祭としても活躍された伊藤幸史神父様は、「関口教会での信者さんとの『関わり』からいろいろ学んでほしい」と仰いました。特に、哲学科2年の時は、堅信クラスで中学生たちととことん関わり、神学生よりも侍者がうまい侍者たちからいろいろな所作やテクニックを学び、教会学校でのキャンプやリーダー会、青年やベテラン信者さんたちとの飲み会、運営委員会、典礼委員会、聖体奉仕者の集いなどなど、本当によく関わった1年でした。一見、遊んでいるように見えても、例えば、教会学校で子どもたちとじゃれあったり、中高生たちとディズニーシーの行列で辛抱強く待ったり、青年やベテラン信者さんたちと飲んだりする中で、ふと話してくださる、信徒としての思い、喜び、悲しみ、不安、そして希望を聴くことが、いつしか私の喜びとなっていきました。「泉さん、この前学校でこんなことがあったんだ。超嬉しくない?」、「最近、こういうことで親がむかつく」などという教会学校の子どもたちや中高生たちの声、青年たちから聴く大学や職場での体験談、お母さんたちから聴く子育ての喜びや悩み、教会の運営に携わる人たちの苦労話、そして「教会とは本来こうあるべきだ!」と熱く語るベテラン信者さんの声、そのような声を通して、神様は私を司祭として鍛え上げていきました。今の子どもたち、中高生、青年、お母さん、そしてベテラン信者さんたちが、どのようなことを教会に求めているのか、その「信仰の渇き」のようなものを知る貴重な機会となりました。伊藤神父様が「関口の信者さんとの『関わり』から学べ」と仰ったのはこういうことか、と思いました。

昨年の春、福岡から東京に戻ってきた私は、助祭に叙階される直前の食事会で、幸田司教様から二度目となる関口教会での実習を伝えられました。神様のなさることは本当に人知を超えている、と改めて感じさせられました。助祭での実習は、主任司祭との関わり、西川神父様との関わりという一言に尽きます。西川神父様には本当にご苦労をかけました。単なる司祭としてではなく、「東京教区の司祭」として働くための最後の仕上げとして、稽古をつけてくださったと感謝しております。古郡神父様や信徒の皆様の沈黙の祈りに支えられながら、また、神様と格闘して見事祝福を勝ち取ったヤコブを黙想しながら(創世記32:23-33参照)、文字通り「過ぎ越した」1年でした。

これまで関口教会から頂いた数々の「関わり」を糧に司祭職を全うしていきたいと思います。教会とはキリストの体そのものですから、時には人との関わりの中で、十字架のイエス様のように傷つくこともあります。しかし、この傷を癒し、復活へと導くのもまた、人との関わりです。神様は人々との関わりを通して私たちに働きかけています。この信仰の偉大な神秘に気づかせてくれたのが関口教会の皆様でした。皆様との素晴らしい関わり、出会いに感謝。そして、これからもお祈りよろしくお願い致します。

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