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週報No.349 – 2017年7月23日(年間第16主日)

1.聖母被昇天ミサ後の納涼会への献金・献品のお願い

今年も運営委員会主催の納涼会を韓人教会との合同で開催いたします。献金・献品(ビール券、おつまみ等)を7月30日、8月6日、8月13日の10時ミサ前後にエントランスホールで受け付けますので、ご協力をお願いいたします。なお、当日14時~20時まで飲食関係の準備で女性の方のお手伝いを5名募集していますので、併せてご協力をお願いいたします。 

2.古郡神父様の不在について

古郡神父様は7月24日~31日、夏休みで不在になりますのでお知らせいたします。 

3.バザー(10月15日)の開催について

先般バザー主催者の募集を行いましたが、サルテッレより応募があり、代表の鈴木修一氏を主催者として実施することとなりました。企画内容等の詳細は決まり次第お知らせいた

します。 

4.福祉部より水のサービスのご案内

福祉部では暑さ対策として本日より10時ミサ後、エントランスホールでお水のサービスを行います。どうぞご利用ください。 

5.共同墓地の建設承認について

カトリック府中墓地に建設を予定している関口教会の共同墓地については、昨年12月以来、墓地建設委員会で具体的な検討作業を進めておりますが、7月10日の教区本部責任役員会で建設の承認が得られましたのでお知らせいたします。今後、11月頃の完成を目途に建設工事を進めて参ります。建設進捗状況や利用申込に関するご案内は、随時週報等で行って参りますのでよろしくお願いいたします。 

6.講座の夏休みについて

各講座は次を最終日として夏休みになります。西川神父:7月15日、古郡神父:7月21日、加藤神父:7月15日、三田助祭:8月6日、Sr.品川:7月23日。講座の再開は、西川神父:9月9日、古郡神父:9月8日、加藤神父:9月9日、三田助祭:9月24日、Sr.品川:9月17日 です。  

7.平和旬間お手伝い募集について

今夏の教区平和旬間は8月6日(日)~15日(火)です。8月12日(土)には講演会(麹町教会)、巡礼ウォーク(麹町教会コース・豊島教会コース・本郷教会コース・目白駅前コース)、平和を願うミサ(岡田大司教司式:カテドラル)があります。関口教会は巡礼ウォーク後の休憩所のお世話とミサ典礼奉仕を担当します。ついては、巡礼ウォーク後の休憩所のお世話(16:00~18:00)をしてくださる方を募集します。7月末までに事務室カウンターの用紙にご記入ください。また、平和旬間の詳細はポスター・リーフレットをご覧ください。 

8.教会事務室ボランティアの募集について

教会事務室で受付のボランティアをしていただける方を引き続き募集しています。ご協力いただける方は教会事務室にある応募用紙にご都合のよい曜日、時間帯をご記入下さい。(在籍信徒の方に限ります)。(主任司祭 西川哲彌)

 

(1~4 新しいお知らせ 5~8 既報) 

 

 

7月23日の予定

Sr.品川入門講座(11時15分、集会室2)
 
アルファコース(11時30分、教理室6)
 
侍者・献金少女錬成会(22日~、関口会館)
 
アデステ(10時ミサ後、小会議室)
 
長寿の祝い実行委員会(10時ミサ後、集会室2)
 
書道セミナー(13時、集会室1)
 
野のゆり会(10時ミサ後、エントランスホール)
 
喫茶室(10時ミサ後、エントランスホール)
 

 

来週の予定(7月30日 年間第17主日 )

一粒会献金日(各ミサ後)
 
アルファコース(11時30分、教理室6)
 
地区会(10時ミサ後、場所は下記を参照)
 
野のゆり会(10時ミサ後、エントランスホール)

 

*地区会開催場所   

文京地区:中会議室、

豊島地区:集会室2、

新宿地区:外部会場

クロス地区:集会室1

 

司祭短信 6

先週のことです。私は、地下鉄を2回乗り換えて、東京メトロ千代田線乃木坂駅の近くにあるレストランに行きました。レストランというのは中身で、名前はある会社の保養施設なのです。外から見れば、古い日本家屋で、中に、上品で居心地の良い部屋がいくつも用意され、しかも、高級な料理が楽しめるようになっているなんて想像もつかないと思います。

集まりは、和敬塾の同期会で、一年に二回開催されている食事会だったのです。卒業したのが1965年3月でした。ということは、前年10月に東京オリンピックがあり、12月8日にカテドラルの献堂式があったということなのです。

和敬塾というのは、カテドラルから目白駅方向に500メートルくらい行ったところにある学生寮です。当時は、広い敷地の中に北寮、南寮、西寮の三寮があり、それぞれ二百人近くの学生が寄宿していました。毎年各僚に一学年約50名が入寮し4年間の学生生活を送っていました。

今も和敬塾は続いています。近くにいても卒業以来ほとんど中に入ったことがないので、現在、どうなっているかよくわかりません。話によると、時代の要請に応えて、幾つかの建物が建てられ、大学院生や外国からの学生さんも受け入れているとのことです。先週の集まりは、50年の年月をカットし、塾生として生きていた頃にタイムスリップしていました。確かに、年齢は争えなく、定年をとっくすぎて、現役を引退したおじいちゃんの顔ですが、話が学生時代に戻ると、それに呼応したかのように顔も昔の顔に戻っていました。

世の中の荒波を、家族とともに乗り越えてきて、まだ、息子、娘、それに孫の何人かを陰ながら、残りの人生を生きて行こうとしている中で、毎年、同期の何人かで、腹の底から湧いてくるものを語り合い、分かち合って行っている貴重な集まりに加えていただいて、自分は一体何をやってきたんだろうと思いました。

卒業以来初めて、いわば、同じ釜の飯を食った、和敬塾の仲間と会って、「よく来てくれたなー。」といって歓迎されるとは思いもよらぬことでした。「本当に嬉しいよ。自分たち、会社人間として、世にまみれて生きてきたものとして、自分たちの中に、君のような生き方を選んで、50年生きてきたものがいるというのは、何にも代えがたいよ」とまで言われて、狐につままれているような心境でした。

学生寮というのは、神学校と同じで、何一つ隠すことができません。全て見られているのです。50年も経っているので、忘れられたこともありますが、大事なことは全て見られ、記憶に残っているのです。ですから、卒業以来、毎年、季節を決めて、集まり、酒を酌み交わし、昔のことをほじくり返して、話し込んでも話題が尽きることがありません。集まって話すたびに新しい発見があるのです。四年間も寝食を共にしたという意味はそこにあります。まるで、掘っても掘っても尽きない宝を秘めた財産とでもいったらいいのでしょうか。

酒の勢いで、キリスト教のことを聞かれました。まともに答えられないでいると、「つまりこういうことなのか」とか「僕はこう思うよ」とか、素晴らしい分析が出てきて、だだ「すごいねー」「よくわかっているねー」と、もぐもぐしながら答えるのが手一杯でした。何かあってもその本質は何かということを鋭く理解して生きてきた証(あかし)を感じました。

来年の1月に集まる時は、カテドラルを訪ね、その中を見せていただきたいという要請がありました。「どうぞ、どうぞ」と答えておきました。「来年の必ず来てよ。必ずだよ」と何回も念を押されました。特別なことがない限り出席し、カテドラル構内を案内しようと思っています。同級生の、暖かい歓迎で、50年の暗闇に一条の光が差し込んできた思いがしました。

ますだくん、たかみくん、それにしんすけくん、ありがとう。