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週報No.352-2017年8月13日(年間第19主日)

1.聖母被昇天ミサの会場設営ボランティア募集について

8月15日の聖母被昇天ミサは、朝7時と夕方6時(ルルド前、雨天時は大聖堂)の2回です。

午前10時のミサはありません。夕方6時のミサの会場設営ボランティアを募集しています。お手伝いいただける方は、午後4時半にルルド前にお集り下さい。 

2.聖母被昇天ミサ後の納涼会への献金・献品のお願い

今年も運営委員会主催の納涼会を韓人教会との合同で開催いたします。献金・献品(ビール券、おつまみ等)を10時ミサ前後にエントランスホールで受け付けますので、ご協力をお願いいたします。なお、当日14時~20時まで飲食関係の準備で女性の方のお手伝いを5名募集していますので、併せてご協力をお願いいたします。 

3.野のゆり会の販売お休みについて

野のゆり会の販売(クッキー、蜂蜜等)は7月30日から9月3日までお休みとなります。 

4.福祉部より水のサービスのご案内

福祉部では暑さ対策として10時ミサ後、エントランスホールで水のサービスを行っていますので、皆さまご利用ください。 

5.バザーの開催について(10月15日)

先般バザー主催者の募集を行いましたが、サルテッレ会より応募があり、代表の鈴木修一氏を主催者として実施することとなりました。企画内容等の詳細は決まり次第お知らせいたします。 

6.共同墓地の建設承認、着工について

カトリック府中墓地に建設を予定している関口教会の共同墓地については7月10日の教区本部責任役員会で建設の承認を得ましたので、7月30日に西川神父により起工式を行い工事を開始しました。11月の完成を目途としています。建設進捗状況や利用申込に関するご案内は、今後随時行って参りますのでよろしくお願いいたします。 

7.教会事務室ボランティアの募集について

教会事務室で受付のボランティアをしていただける方を引き続き募集しています。ご協力いただける方は教会事務室にある応募用紙にご記入下さい。(在籍信徒の方に限ります)。

(主任司祭 西川哲彌)

 

 

(1~7既報) 

 

本日の予定

聖歌隊練習(指導 三澤、10時ミサ後、中会議室)

 

8月20日の予定 (年間第20主日)

聖体奉仕者の会(13時30分、集会室1)

墓地建設委員会(11時30分、小会議室)
 
納涼会反省会(14時、教理室7)
 

その他の主な予定

日本カトリック平和旬間(8月6日~15日)

聖母被昇天ミサ(8月15日、7時地下聖堂、18時ルルド前)
 
教会学校サマーキャンプ(8月18日~20日) 

 

 

司祭短信9

若い頃、今から三十年くらい昔のことです。その頃は、どこでも、集まればカラオケでした。教会でも、司祭研修会でも、宴会の最後はカラオケでした。日頃おとなしそうな方が、マイクを手にして曲の伴奏が鳴るやいなや、どこから出るのかという美声で痛い始め、次第に感情が込められてきて、絶唱のうちに歌い終わるという不思議な現象が起きていました。

私がいた南房総の館山でも、カラオケは盛んで、そのまま「のど自慢大会」に出てもおかしくないほどの達人が何人もいました。「神父さんも一曲やんなさいよ」と言われましたが、恥ずかしくて遠慮していました。しかし、「なんでもいいから歌ってごらんなさい」とけしかけられ、マイクを持ちました。さて何を歌おうか、戸惑っていたら、「ながさきのかねー」という声がかかり、たちまち画面に長崎の鐘が出てきたのです。

小さい頃から、何百回も聴いた歌ですし、母親も洗い物をしながら歌っていましたので画面の歌詞を見ながら歌い始めました。画面の歌詞通り歌うことはとても難しく、ワンテンポ遅れて着いて行く状態でした。でも、二番の「召されて妻は天国へ、別れて一人旅立ちぬ、形見に残るロザリオの、鎖に白きわが涙」というところは、永井博士の姿が浮かんできていつも心にジーンときていましたので、心を込めることができました。

「さすが、神父さんが歌うと、違うなー」ということになり、カラオケの最後頃に「神父さん、長崎をやってよと言われるようになっていました。大声で歌ってもダメだし、しょぼしょぼ歌ってもダメだし、うまく行きません。結局、画面を見ずに、情景を思い浮かべながら歌うということで、リクエストに応えていました

この「長崎の鐘」は、昭和24年、サトウハチローの作詞、古関裕而の作曲で発表され、藤山一郎が歌って一世を風靡しました。日曜日のお昼の「素人のど自慢」では、何人かが歌い、合格者が出て、歌手の道を歩み始めて方もいたそうです。今でもこの番組は続いていますが、少なくとも、歌詞の一番は歌わせるので、出演者は20名余りです。しかし、昭和20年代30年代は、初めの2〜3小節で「カーン」となって終わる人がたくさんいたので、限られて時間の中、50人以上の方が出ていました。一番を全部歌う人は合格か、それとも鐘3つくらいはもらっていたと思います。「長崎の鐘」は人気の曲だったので「こよなく晴れた青空を〜」くらいで「カーン」なる人も何人かいたように記憶しています。

さて、世界で二番目に、戦争の武器として原子爆弾が長崎に投下され、一瞬にして3万人もの死者を出し、その後、原爆が元で3万人以上の死者を出し、今もなお、原爆が原因で千人以上の犠牲者を出し続けている長崎では、広島と同様に原爆投下の11時2分に鐘を鳴らして黙祷を捧げる平和記念式典が執り行われています。そこで毎年、長崎市長が平和宣言をするのが恒例です。今年は、予想通り、現市長の田上さんは、7月に国連で採択された核兵器禁止条約に触れ、多大の犠牲者を出し、未だに多くの人がそのために苦しんでいる日本が、条約の交渉会議にすら出ないとはどういうことかとの発言をしました。これを受けて、日本政府がどう対応するかが見ものです。

今年も9月に長寿の祝いが予定されています。準備の会議で「一曲歌いましょうか」と申し上げたら、迷惑そうな顔でしたが「いいですよ」ということになりました。「長崎の鐘」を歌います。どうぞお楽しみに。気持ちが悪くなりそうな方は、耳を押さえておいてください